2006年の活動報告です。
                                                                   

年末お掃除隊2006

 2005年10月、ひきこもりがちな青年の交流の場として、自助グループ「シンシア」がスタートしました。港区虎ノ門の光明寺を舞台に、月に一度のペースで開催されています。毎回10人前後の若者たちが集まり、今までの人生で感じたことや、今後生きていく上での悩みや不安を分かち合い、あるいは、もっと気楽に互いの趣味や今それぞれがはまっていることなどについて、語り合ったりしています。

 その「シンシア」で、2006年10月に「二日坊主の会」と称した合宿を敢行しましたが、今回は一年間お世話になった光明寺へのお礼と、就労体験の意味も兼ねて、12月28日に「年末お掃除隊」を企画、実施しました。  

 前日、関東一円に、一部交通機関を麻痺させるほどの激しい雨が降り、翌28日も、前日の天気予報によれば雨になるとのことでした。しかし、当日は朝から初秋を思わせるような雲ひとつない高い空が広がり、昼を過ぎると、汗ばむほどの陽気となりました。また前日の大雨の影響で、どれぐらいの方が参加して下さるのか、少し不安でしたが、いざ蓋を開けてみると、スタッフはもちろん、これまで「シンシア」に参加して下さった青年たちをはじめ、当事者の親御さん、この日初めて「シンシア」に来て下さった方、また、中にはわざわざこの日のために、高速バスで4時間以上掛けて、長野から駆け付けて下さった方までおり、総勢17名もの大部隊となりました。 

 午後2時を少し回った頃、はじめに本堂で仏様に合掌し、その後、全青協のお坊さんが、松尾芭蕉の門下「越智越人」という俳人の話をされ、彼が詠んだこんな句を紹介されました。  

「煤はきて心の煤はかへり見ず」 

 一年の大掃除は終わった。が、心に積もった煤は本当に払えたのだろうか、との意味だそうです。  

 お坊さんの話が終わると、本堂担当と、新聞社やテレビ局の取材を受けて今ではすっかり有名になったオープンテラス担当との二手に分かれて、「年末お掃除隊」がいよいよ始まりました。  

 私はオープンテラスの掃除を受け持ち、固く絞った雑巾で、テラスの手摺を拭いたり、本堂に通じる石造りの階段にモップ掛けをしたりしました。掃除といっても、年末とは思えぬ暖かな陽射しの中で、この日、初めて出会った青年たちと言葉を交わしながらの作業はとても楽しいものになりました。  

 「二日坊主の会」の時にも感じたことですが、手や体を動かしながらの交流は、互いを知る為には、百の言葉を尽くすよりも意味があるのかも知れません。これまで「シンシア」に参加して下さった青年たちも、普段とはまた別の顔を見せてくれました。  

 当初午後2時から5時まで、3時間を予定していた今回の企画でしたが、皆の頑張りもあって、4時までには本堂もオープンテラスもすっかり綺麗になりました。掃除終了から5時までは、本堂でお茶を飲んだり、お菓子を食べたりしながら、ゆっくりとした時間を過ごしました。またその後行われた光明寺近くのファミリーレストランでの二次会も盛況でした。  

 個人的に「社会」とひきこもり状態の中間にあるのが「シンシア」だと思っています。まだまだ私たちの取り組みは十分ではありませんが、「二日坊主の会」や今回のような企画を通して、ひきこもり状態にある人たちが、社会へ向けて一歩を踏み出す自信を、少しでも培っていただければ、と思います。  

2006年は終わりました。今回の企画を通して、皆さん、心の煤は払えたでしょうか。2007年も「シンシア」はひきこもり状態にある人の受け皿になるべく、光明寺を舞台に活動を続けていきます。 

二日坊主の会2006



◆いのちをいただく

 全青協が2004年に立ち上げた、てらネットEN−全国不登校・ひきこもり対応寺院ネットワーク−では、ひきこもりがちな若者の交流の場として、毎月一回、平日の午後に都内のお寺にて自助グループ「シンシア」を開催しています。

 ちょうど今年の10月で1年目を迎えた「シンシア」では、若者を対象とした「二日坊主の会2006」と題した”プチお坊さん体験“を初めて開催しました。参加したのは、20〜30代のひきこもり当事者たちです。

 「二日坊主の会2006」には、お寺での1泊2日の生活体験などを通じ、非日常の時間と空間の中で”生き方“や”いのち“について、自身の体で考え感じるというテーマがあります。短い時間ではありましたが、仲間たちと共にさまざまな体験を重ねたことは、参加者たちにとって忘れがたい2日間となったようです。

会場は、千葉県夷隅郡大多喜町にある、緑に囲まれ自然豊かな妙厳寺(日蓮宗)でした。東京駅からは高速バスにて約2時間弱です。人混みや車の騒音など都会の喧騒から離れた場所にあり、鳥の声や、木々の葉を揺らす風の音に耳を傾けていることにハッと気づかされるほど、普段の日常とは違った息吹が感じられます。

 お寺に到着したばかりの参加者たちは、初めて訪れる妙厳寺で、これから2日間生活を共にする仲間たちと顔を合わせ、やや緊張しつつではありましたが、みんなで一緒に食事をし、少しずつ会話を交わしながらのスタートとなりました。

 食事の後は開校式を行い、全員がそれぞれ簡単に自己紹介をしました。本堂にておつとめの後、妙厳寺の鈴木法拳さんから訪れた参加者みんなへ暖かいお言葉をいただきました。若者たちにあったぎこちなさも、時間を重ねるごとに徐々にほぐれていくのが感じられるようでした。

 開校式が終わると、境内で竹箸作りをしました。2日間お寺での食事の際に使うお箸とご飯の器を、切り出した竹を削って自分自身で作るのです。みんな真剣に小刀を持って竹を削りますが、道具の扱いの慣れなどかなり個人差があり、手早く作り終わってしまう人から、じっくりと時間をかける人、お箸以外にも竹を使ってあれこれ花びんなど創作してみる人など、一人ひとりの違ったこだわりや個性が表れていました。

 竹箸作りを終えると室内に戻り、台所で夜食用のそばを打ちました。そば打ちは、参加者全員が初体験だったようです。地元のかたが実演を交えながら丁寧に教えてくださいました。参加者は2つのグループに分かれ、興味津々にこね鉢を覗き込みながら、初めは恐る恐る、徐々に粉の感触を両手で確かめるように、しっかりと力を込めて生地をまとめていきました。粉に少しずつ水を加えるところから始めて、延ばした生地を包丁で切るところまで、すべての工程を少しずつ交代しながら皆で体験しました。

この2日間、妙厳寺での食事やお風呂などの準備も若者たちで行いますので、そば打ちが終わって夕方ごろになると、夕食の準備をするグループと、薪割り・風呂焚きのグループに分かれて、それぞれの持ち場で作業をしました。家にいるときにはボタンひとつでお風呂が沸きますが、ここでは、薪でお風呂を沸かします。前日激しい雨が降り、薪が湿っていたため、なかなか火がつきませんでした。2時間近くの悪戦苦闘の末、やっと火がつき安定しました。10月とはいえ、夕方ごろからはぐっと冷えてきますので、暖かいお風呂に入れる喜びとその大変さを実感した夜でした。 

 そして、この日の夕食には自分たちで打ったおそばをいただきました。数種類の野菜の天ぷらなども並び、口々に「おいしい!」といいながら、次々とお代りをしている姿が印象的でした。自分たちで準備した食事を、手作りの竹箸を使っていただくのですから、より美味しく感じたことでしょう。家族以外の、しかも同年代の仲間たちと共に食事をするということも、特別な体験となったかもしれません。

◆ゆったりとした時間の中で

夕食後、皆で協力して後片付けを行ったあとは、「お坊さんと一緒に生トーク」の時間です。”仏教“”お寺“”お坊さん“について、若者たちは興味津々で、次々とお坊さんに向けて質問が飛び出していきました。そういったやりとりの中から、自分や家族のことについても自然と話題が移っていきました。こころの”影“の部分に光を当て、自分を見つめることは、辛いことでもあるかもしれません。しかし、同じ思いや悩みを持った同年代の若者の言葉を真剣に受けとめながら、”聴く“ことで徐々に自身と向き合う準備も整っていったようです。その場にいた皆の気持ちが結びついたように、それぞれが、”生きること“や”死ぬこと“、それに伴う恐怖や不安などについて語り合いました。感情や想いをうまく表現することは難しいかもしれませんが、なにか湧き上がるものを感じてポツリポツリと言葉が生まれ、それを見守るように和やかな空気とゆったりとした時間が夜更けまでそこには流れているようでした。

 2日目は早朝にみんなで梵鐘をつき、1日が始まりました。本堂での朝のおつとめでは、団扇太鼓を叩きながらお題目をお唱えしました。そのあと坐禅をして、爽やかで清々しい妙厳寺の朝の訪れを感じることができました。

作務(掃除)と朝食が終わると、写経・写仏・瞑想・ヨーガ・水行・太極拳などを半分ずつに分け、2部構成で行いました。盛りだくさんのプログラムの中から、参加者の若者たちは思い思いに好きなものを選び、真剣に取り組んでいたようです。お寺という独特の癒しの空間で体験したことは、新たな興味への広がりにもつながったのではないでしょうか。水行を終えた参加者の顔は明らかに以前とは変わり、自信に満ちていました。

 そして、いよいよ「二日坊主の会2006」も終わりに近づき、本堂での閉校式では、参加した若者たち全員に修了書が一人ずつ手渡されました。初めての1泊2日の宿泊体験に、きっと最初は緊張気味で不安もあったことと思いますが、2日間はあっという間で、帰るのが名残惜しく感じられたようです。妙厳寺で過ごすなかで、薪割をしてお風呂を沸かし、食事作りや後片付け、作務といった体験をみんなと一緒に協力してこなしていったことで少しずつ得た達成感は、”最後までやり遂げることができた“という自信に結びついたことでしょう。

◆お寺だから何かが変わる

 ”ひきこもり“をはじめ、現代の若者たちが持つ悩みや苦しみは多様化しているように見えますが、現在の自分を未来へとつなげていくことの難しさに直面し、もどかしさを感じている点では共通しているかもしれません。そんな中、自分探しや癒しを求めてお寺にこころ惹かれる若い世代も多くいるはずです。やはり、ほとけさまのおしえやお寺が持つ雰囲気には、時代や年齢を超えて心に響くものがあるからではないでしょうか。てらネットEN自助グループ「シンシア」に参加しているひきこもり当事者の若者たちにとっては、人と出逢える場、社会との数少ない接点がお寺であり、その必要性を感じて自ら足を運んでいます。妙厳寺で過ごしたこの2日の間に、さまざまな体験を通じて参加者一人ひとりが自ら考え、”生き方“や”いのち“について仲間たちと語り合いました。未来の自分へとつながるキッカケになったと共に、より身近にお寺を感じられる機会にもなったのではと思います。